香美町香住 荒神の宿 三宝 〜松葉がに・香住がに・但馬牛・地魚〜

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「火の神」「竈(かまど)の神」三宝荒神縁起
「荒神の宿 三宝」は、火の神・竈の神とも言われている【三宝荒神】からその名をつけました。
【三宝荒神】の縁起についてご紹介いたします。

【三宝荒神】とは荒神ともいわれ、日本仏教の信仰の中で独自に発展した尊像です。その像容は、頭髪を逆立て、目を吊り上げた憤怒の表情を示したものが一般的で、激しい性格のたたりやすい神としてその名がありますが、仏・法・僧を守護する神ともされ、俗に、不浄を嫌い紛争をしずめるところから、火とかまどの神として信仰され、「火の神」「竈(かまど)の神」として祭られることが多いそうです。

本来「三宝」とは、仏(釈迦)・法(説法)・僧(修法者)のことを指しますが、後世、下級僧や陰陽師の類が、財産をもたない出家者の生活の援助をうけやすくするため「無障礙経(むしょうげきょう)」という仏典に基づき、三宝荒神を信仰(帰依)するように説いたことに由来しています。しかし、この仏典は偽経※1であることがわかっています。

地方によっては、火の神※2とは別に屋外に祭る荒神があり、“外荒神”や“一族荒神”と呼んでいます。屋外の荒神は森や大木を中心に祭られており、その土地の人々に昔から崇められてきた地神や山の神などと折衷され、一族の部落神として信仰されています。

当館より徒歩で5分程のところにある西迎寺縁起状※3によれば、江戸時代の寛政二年(1790年)12月13日夜半、浜小屋より出火し、下浜地区の大半を焼き尽くし、西迎寺も類焼にて跡形もなく灰になってしまいました。四十数年にして、伽藍※4は復興されましたが、明治二十五年(1892年)正月十五日夜半、深雪烈風の中、浜小屋より出火し、再び部落の大半を焼き尽くす火災が発生してしまいました。西迎寺もまた類焼に遭遇し、本尊阿弥陀仏、両大師、過去帳の他全てを焼失してしまいました。
度重なる大火に、災禍から村人を護るため、近隣合い集い西迎寺も「火の神」として【三宝荒神】を祭祀したのです。

関西では、兵庫県宝塚市の【清荒神清澄寺(きよしこうじんせいちょうじ)】が有名です。

※1 偽経…後世に偽作した経典(仏典)のこと。
※2 火の神…火をつかさどる神。特に、迦具土(かぐつちの)神。ほのかみ。
※3 縁起状…社寺建立の由来などを記した文書。縁起。縁起文(ぶみ)。
※4 伽藍…寺の建物。特に、大きな寺院。僧伽藍。
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